top of page

余ったカネの遣いかた

プロスポーツチームを所有するのは欧米富豪の嗜みであるそうだ。ゆくゆくはチャンピオンズリーグのプロサッカーチームやNBA、MLBをと夢見る新米富豪や成金が手始めに丁度いいのが、プロサイクリングチームの所有だという。なにしろツール・ド・フランス出場レベルのチームが年間予算数億円程度から選び放題なので、オーナーのポケットマネー程度でどうにでもできるというのがおすすめのポイントらしい。私の大好きな選手、ぺーター・サガンがほんのすこしまえまで所属していたチーム・ティンコフも、自転車レースが大好きなロシアの投資家ティンコフ氏の個人的資金で運営されていたという。編成や戦略にまで口を出し、レースの現場や記者会見では選手よりも悪目立ちするぐらいオーナー色が強く反映されていたチームだった。



そんな細やかな台所事情ばかりのチームがひしめき合うサイクルロードレース界へ、有り余る資金と体制で乗り込んできて常勝であり続けたチーム「Team SKY」が嫌われていたのはある意味当然だったのかもしれない。機材ピナレロは、ルイ・ヴィトンやモエ・ヘネシーなど数多くのハイブランドを擁するLVMHの一角、帯同車は英国を代表する高級車ジャガー、カネがないわけがない。ところが一昨年末、その常勝チームからメインスポンサーである衛星テレビ局SKYが離脱するというビッグニュースが駆け巡った。スターライダーばかり抱えそのコンディション維持の環境と運営に莫大な金を投じていたTeam SKYだ、そのままの体制での引き取り手はなく、おそらく分解してしまうだろうというのがもっぱらの見方だった。

選手からスタッフに至るまで「英国純血」を標榜してきたTeam SKYを救ったのは、同じく英国の巨大複合化学企業INEOSだった。現在の化学企業の売上400億ドル世界第三位というとんでもない規模のコングロマリットである。創業者であるラトクリフ氏は元エッソのケミカルエンジニアでその後独立、1998年創業でありながら事業買収と合併を繰り返しわずか20年でここまでの企業にしてしまった若き大富豪である。Team SKYは潤沢な資金による体制で他チームから羨望と嫉妬の眼差しを向けられていたが、新生Team INEOSはそれを遥かに凌駕する予算を与えられている。しかしそれすらも端金もいいとこのよう。なにしろラトクリフ氏・・・もとい「サー」ラトクリフは、アメリカズカップのヨットチームを既に所有し、さらには、それこそチャンピオンズリーグ常連のあのチェルシーを買おうとしたこともあるそうだから。


ここまでが私がINEOSという企業をはじめて知った経緯。つぎにこの会社名を眼にしたのは意外なニュースだった。「大富豪、自分で車をつくる」。このサー・ラトクリフという人は名うてのランドローバー・ディフェンダーのマニアでありコレクターである。常々ディフェンダーの不具合をローバーに事細かに報告し改善を求め、また自ら改良にも余念がなかったという。しかし2016年にディフェンダーは惜しまれながらも生産終了。そして満を持して先日発表された「新型ディフェンダー」であったが、彼は心の底から落胆したそうだ(ちなみに私もだ)。そして失意の底から決断する、メーカーが造らないなら俺が造ってやる、と。こうしてできたのが「GRENADIER」だ。




いままで自分がディフェンダーに持っていた不満をすべて改善したオール新設計、エンジンだけはBMWから供給される。年間2万5000台の販売を目指す紛れもない量産車だ。おまけに設定市販価格は4万ポンド程度と現実的プライス。このためにINEOSには自動車部門まで創設されたが、繰り返すがINEOSは化学メーカーである。サー・ラトクリフは本当に本気なのだ。それが証拠に間もなく開催されるツール・ド・フランス2020では今回だけチームを「Team INEOS GRENADIER」と命名。チーム帯同車にはもちろんGRENADIERを起用し、世界へのお披露目の場ともするという。

富豪のバカな金遣いには首をかしげるばかりだが、こういうバカは世界にひとりくらいいてほしいと思う。ファラオの砂漠で砂丘を乗り越えるディフェンダーに魅せられて以来、ようやくほしいと思える車が出てきた自分としては。



さて、延期となっていたツール・ド・フランスがいよいよ29日にグランデパール(開幕地スタート)。また見処が増えた。


bottom of page